in 神楽場遺跡にて-2
2004.9.19  By.ゆみ
10.3更新
縄文遺跡のある風景
 神楽場遺跡は現在まで大規模な調査はされていないが、地表面の観察・採集によって把握されている。
 採集された遺物は、後・晩期の土器片と石器類と考えられ、それらがおびただしい量畑地に散布している様は、地下に存在する潜在的な遺跡の規模を如実に物語る・・
  
 (印旛郡市文化財センター「吉見台遺跡A地点調査報告書」より)
遺跡の農道には、砂利のかわりに土器片が敷かれている
深く耕されたサトイモ畑の畝をよく見ると、
ピカッと光る黒曜石の剥片があった!
←黒曜石剥片
神楽場遺跡の畑より東邦大学を望む

 大学病院建設に伴う神楽場遺跡の一部(水道道路南側)の発掘調査地区では、縄文時代の土坑が2基と加曽利EV式深鉢の破片が、また隣接する五反目遺跡では、縄文中期の住居と土坑が2基ずつ、後期の住居が4基検出されています。  (佐倉市教育委員会「神楽場遺跡五反目遺跡」1991調査報告書より)

 また西斜面農園の平成12年の調査では、縄文時代と古墳時代の住居址や土坑が数多く見つかりました。(「印旛郡市文化財センター年報17」)
←黒曜石剥片