2003年夏  

伽耶・新羅史跡めぐりの旅日記
第 4日目 8月22日 (金) AM

 霊山頂きの石窟をめざして

 この日は、私にとってこの旅でもっとも期待していた日でした。
 目覚めると、すっきりと夏空がひろがり、霊山吐含山の頂きの石窟をめざすには好天気!
 
 登山道路をバスでのぼり、石窟庵のはるか手前の巨大な鐘楼の前から、緑したたるの参道を歩き始めました。
 朝の霊山のたたずまいと、自然の息吹がここちよく、「アンニョンハセヨ」と行き交う巡礼のおばさんたちや家族連れの姿も懐かしく感じられます。
 やがてすばらしい展望が眼下に広がり、山頂の石窟の中に座す石仏との出会いに胸がたかなります。

 「あそこで朝日を迎えたら、死んでもいいという気になるんじゃないでしょうか」って、鈴木先生がおっしゃた石造物として東アジアでナンバーワンかツーの石仏が待っている・・・
 古代から聖地として崇拝されたであろう霊山その山頂に、もうすぐのところに近づいてきました。
  
石窟庵参道入り口の鐘楼


参道入り口の門東側は遠く日本海が望めるという
    
心地よい風が吹き抜ける緑陰の参道を行く。                 「アンニョンハセヨ」               ゆっくり行きましょう。
東海を見すえる如来像 

751年、時の宰相金大城が父母の前世のために発願したという伝説にいろどられたこの山岳寺院には、インド式の石窟の中に、本尊の如来像が坐っています。石窟は自然の洞窟ではなく、人工の花崗岩ドームであるとのこと。
 そして如来像の周りには、統一新羅時代の代表的な38体の石仏が見られるとのことですが、、今は文化財保存のため、木造の前室に入り、ガラス越しに拝観することになっていて、四十年前、直に本尊と接した方々の印象と異なっていたのは残念でした。

 降魔触地印を結ぶ尊像は、阿弥陀像とも釈迦像とも判断がつきがたいそうですが、朝日の方を見据えたというその像の向きには、発願者の意図がはっきりと込められていると、現代の韓国の研究者は指摘します。

 坐像の目線を辿って行くと、感恩寺と文武大王の水中王陵、そして東海のはてに行きつくとのこと。
 三国統一のために身を捧げた文武王は、死後も海上から新羅を守るため、慶州の東の海岸に海中陵を作らせ、また感恩寺は文武王が倭兵を鎮めようととして創建されたといわれます。
 この石窟の寺院を建立した新羅の人々も、大王の発願を仏の力で支え、東海での平和を祈ったと考察されるそうです。

 石窟の中の美しい本尊は、8世紀、統一新羅が国家として仏教を理解したその哲学が彫像として結晶した姿であるとともに、大地を指差す優雅な右手は、実は降魔の決意を物語っているのだと思いました。(By.Y)
 
稜線に近い山の斜面に築かれた石窟、今は拝観用の前室が設けられている


石窟の位置から正面を向くと、「寿光殿」 の屋根越しに東海のはてが展望される
 



 吐含山麓の護国の寺仏国寺

 吐含山から下山し、山裾の仏国寺を訪ねました。
「倭から新羅を守る」その重要な防御地点の吐含山麓に建てられた護国の寺、仏国寺。
二つの石の階で、俗界から隔てられた壇上には「仏の国」がひろがっていたといいます。

伝承では、751年の金大城が創建、774年の完成以後も新羅の国の力で充実させ、80余棟の木造伽藍が立ち並んでいたそうですが、1593年の壬辰倭乱(文禄の役)で灰塵に帰し、石の建造物のみが残されました。

今ある壮麗な伽藍は30年前の復興によるもので、その歴史には、文武王が懸念したように東からの災厄の元凶・日本の与えた傷跡を意識しないわけにはいかないようです。

仏の国への石のきざはし
 

天へとどく石の塔
  
  
石に刻まれた祈り(舎利塔光学浮屠)

仏の国への石のきざはし、石の塔

天真爛漫な風貌の四天王が守る四天王門をくぐり、般若橋を渡ると、目前に石段とそこへ達する石橋がそそり立っています。

右側が青雲橋・白雲橋、左が蓮花橋・七宝橋で、かつては修道を積んだものだけがその橋を渡って仏の国へ行くことができたとのこと。橋の下には、精巧なアーチの通路があり、その石造技術の高さは目を見張るものがあります。

今は、左右の門から出入りするようになっていて、「仏の世界」に足を踏み入れると、大雄殿の前に、シンプルな釈迦塔と華麗な多宝塔がそれぞれちがった美しさを見せています。

左の端には石灯篭の形をした舎利塔光学浮屠があり、その浮き彫りは味わい深い趣がありました。
この塔は、1906年日本に持ち出され、三十年後に取り返した経緯があるそうです。

堂宇の彩り、甍の重なり
 
 


童子のごとく

水中の衆生を済度するという木魚


木魚を見上げて、お勉強中
 

天王門の護国天王像


羅漢殿の羅漢様

 
 堂宇の彩り 童子のようなあどけなさ

ゆるく傾斜した境内を登っていくと、羅漢殿や観音殿が往時の姿をとりもどして、信心深い仏教徒の参拝を招いていました。

夏空に広がる甍は彩色に映えて美しく、堂内の御仏や羅漢像は、童子のようなあどけなさで、和ませてくれます。

子供たちがノートを広げながら、熱心に文化財の学習に精を出している姿もほほえましく思えました。

そして、回廊から回廊へ、いくつもの門をくぐった扉の向こうには、伽藍の礎石だけ残した別の世界が広がっていました。(By.Y)                                      
 

扉の向こう

  


 参考HPにリンク→「abcKATO の HANA 通信-旅のメモ-」 「慶州観光・石窟庵」 「慶州観光・仏国寺」